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2009年7月21日 (火)

ES細胞研究の規制緩和へ

 「脳死は人の死」とする改正臓器移植法(A案)が713日に可決・成立した。しかし、臓器移植は脳死判定をめぐって、その倫理性が問われている。倫理性には宗教観・死生観という文化的な背景もあり、今後も様々な議論を呼ぶであろう。一方、こうした倫理的問題を解消する可能性を秘めたiPS細胞による再生医療には、その実用化に向けて世界が注目している。頻繁に新聞で取り上げられている万能細胞について、『朝日新聞』と『読売新聞』にそれぞれ異なる視点による記事が掲載されていたのでご紹介しよう。

 1つ目は、65日の朝日新聞朝刊の記事、「ES細胞研究の規制緩和へ、かじを切る 国際競争過熱で国が方針」である。

■「作製」と「使用」に区別 

 万能細胞のひとつ、胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の研究で、国はより広く研究者に門戸を開く方向へと、政府の総合科学技術会議が年内にも研究指針の改定を最終決定する。国際的な研究競争を意識した方針転換だが、生命倫理をめぐり、研究者の責任はよりいっそう重くなる。

 改正指針では、ES細胞を「作成」と「使用」に区別をし、「使用」の場合は研究機関の倫理委員会の審査だけにし、国へは届け出だけですむようにする。

 「作製」には、従来通りの二重審査を課す。ただ、できあがったES細胞や、それを加工した細胞は「ふつうの細胞」に近い形で扱えるようにする。研究の活性化やすそ野の拡大を図るのが狙いだ。

■研究者の責任、より重く
 

 ES細胞研究の門戸が拡大されることで、研究者の責任は以前に増して重くなる。改正指針が決まれば、研究のための「使用」は、国の倫理審査がなくなり、研究機関の倫理委の判断に委ねられることになる。しっかりとした判断ができるかどうかが、カギを握る。 

 だが大学や研究機関の倫理審査体制が十分かどうか、国が調査したことはない。今年度から外国の審査体制や国内の実態調査を始める方針だ。
  
iPS細胞登場が影響
 

 ES細胞研究の規制緩和の背景には、もう一つの万能細胞であるiPS細胞の登場がある。iPS細胞を世界に先駆けてつくった山中伸弥・京都大教授は「まずES細胞で基本的研究ができるようにしてほしい。iPS細胞の性質を調べる基準になる」と国に訴えてきた。こうした声が今回の規制緩和を後押しした。

 

 2つ目の記事は、614日の読売新聞朝刊掲載の、「万能細胞「限界」も見えた「ES」「iPS」個性ある変化」である。

 ES細胞(胚(はい)性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、様々な臓器や組織の細胞に変わる万能性を持つと言われ、再生医療などへの応用が期待されている。しかし、最近の研究で、個々の細胞によって変化のしやすさに違いがあり、「万能」とは言い切れないことがわかってきた。

■「遺伝情報」の影響

 長船(おさふね)健二・京都大学特任講師は、留学先の米ハーバード大学で、人間のES細胞を2種類培養したところ、何も加えないのに、一方は自然に変化したが、もう片方はほとんど変化しなかった。マウスのES細胞の変化には、人間のES細胞ほどばらつきはない。マウスの場合、あるたんぱく質を加えると、どんな細胞にも等しく変化できる「万能状態」を保てる。だが、人間のES細胞はこの状態を維持できず、特殊化が少しだけ進んでしまうと考えられる。長船講師は、もととなった受精卵の違い、すなわち「両親の遺伝情報」の違いも、ばらつきに影響しているとみる。

 

検証に倫理の壁

 人間のiPS細胞にも、個性の違いがある。国立成育医療センター(東京・世田谷区)は、5種類のiPS細胞を培養して比べた。約2週間後、あるiPS細胞では、膵臓や肝臓で働く遺伝子が、別のiPS細胞の100倍以上も活発化していた。膵臓や肝臓の細胞に変わろうとしていたとみられる。
 

 iPS細胞を作る時、導入する遺伝子が細胞のDNAのどこに入り込むかは毎回異なる。阿久津英憲・同センター室長は「iPS細胞の遺伝子配列は作るたびに変わる。その違いが特性に影響を及ぼすのかもしれない」と推測する。
 

 山中教授は64日、再生医療の実現に向け、多数のiPS細胞を集めたバンクを作る構想を発表した。様々なiPS細胞をそろえておけば、たとえ万能でなくても、患者が必要とする細胞を効率よく作り出せるようになるかもしれない。
 

■今夏、ES初の臨床試験

 ES細胞は、受精卵から育った胚の一部を取り出して作る。生命の始まりである胚を壊すことになるため、作製に反対する意見は根強い。

 iPS細胞は通常、皮膚などの細胞に3〜4種類の遺伝子を入れて作る。胚を壊さずに済むうえ、患者本人の細胞からできるので、病気やけがで失われた組織を再生するために移植しても、拒絶反応が起きない。

 万能性を持つ受精卵から、いったん皮膚や神経などに変化した細胞は後戻りできないというのが、生物学の常識だった。数種類の遺伝子を入れるだけで万能性を獲得したiPS細胞の開発は、「時計の針を巻き戻した」と世界を驚かせた。

 iPS細胞は導入する遺伝子の影響によってがん化しやすいなどの問題を抱え、現時点で医療応用にはES細胞の方が安全と考えられている。米ジェロン社は、今年夏、ES細胞を使った世界初の再生医療の臨床試験を予定している。

■日々進化する万能細胞

 このように、万能細胞に関する新聞の記事は、ほぼ毎日見かけると言っても過言ではない。また、以前に当ブログES細胞を紹介した時の記事の状況からは考えられない程、ES細胞の実用化に向けて日本、及び世界は大きく前進している。今後もこのブログでは、万能細胞の行く先を追っていきたいと思う。

(南山宗教文化研究所研究員・粟津賢太、「科学・こころ・宗教」プロジェクト担当・細江奈々)



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