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2009年2月18日 (水)

【書評】阿部仲麻呂著『信仰の美学』(春風社、2005年)

Gpss090218_2 美は排除せず、すべてを包み込む。ともすれば審問の語法をとりがちな教義ではなく、(「あとがき」の言葉を借りれば)「万華鏡」の妙に心開かれる美学の視点から信仰のあり方が見直される。本書の読者は現代神学における特筆すべき事件に遭遇することになろう。
 

全七百頁あまり。うち学術論文にあたる箇所は二段組という大部である。しかしこの量は肯定されよう。なぜなら、著者が志向する美的な日本神学は、その穏やかな諸表現にもかかわらず、分別知によって一貫された西洋的思考への総力を挙げた(対話的ながらも)異化作用のあらわれであり、その排除しないという包摂性を全面的に主張するには、作品自体が物象的にその理想を現わすまでに徹底されるべきであろうからだ。また、志の高さに支えられた著者の意気込みは決して独りよがりの難解さを帰結せず、本書はきわめて読みやすいものとなっている。文体は癖のないこなれたものであり、さらには博覧強記ともみえる著者のめくるめく論述に巻き込まれていくなかで、読者は依然として西洋的な装いをまとう正統神学に伴いがちな「凝り」がほぐれゆく快感にひたりうるだろう。とくに第一部「日本文化の創造性」にその印象が強い。
 論証にもとづく批評でなく、著者による語りの美学(ことに随筆部分は「です・ます」調で統一されている)は、日本文化の隅々に行き渡る一見非キリスト教的だが健全なる感性ないし常識を、いずれ教義的に統合されるべき萌芽としてではなく、すでに恵まれている果実として描写する。つまりこの大著は六法全書のごとき命題集ではなく、神の愛に裏打ちされたさまざまなコモンセンスの来歴と行く末を巧みに感得させる一大絵物語といえよう。
 著者に今後期待すべきは、万事を包みゆく飽くなき想いが読者を疲弊させる過剰の一歩手前にかろうじて留まっているいま、意図的にいわば狂言的転調を呼び込むこととなろうか。俊英の次の一手がいまから非常に楽しみである。

(本稿は本来『カトリック新聞』「書評コーナー」のため執筆したものだが、同欄が廃止されたため、未発表のまま手元に残り現在に至った。今回この場をお借りして、投稿させていただくしだいである。)
(寺尾寿芳・本プロジェクト協働研究員)

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