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2009年1月15日 (木)

韓国でのGPSS Workshopのレポート(3)

<SESSION I>

□KIM Heup Young先生の報告
Img_0488  続いて、「韓国における科学と宗教」をテーマとしたSESSION Iに移り、最初に、組織神学を専攻し、「宗教と科学」、宗教間対話の研究に取り組んでいるKIM Heup Young先生(江南大学校、Kangnam University)が、“An East Asian Perspective in Science and Religion: Towards a Trilogue of Humility (Sciences, Theologies, and Asian Religions)”と題する報告を行った。

 なお、このSESSIONの司会は、KEEL Hee-sung先生が務めた(ちなみに、KEEL 先生は、南山宗教文化研究所ローチ・チェアの客員研究員として、2006年10月から2007年8月まで南山宗教文化研究所に滞在されたので、久しぶりにお会いした)。
 KIM先生の報告は、西洋のキリスト教的な枠組みにもとづく「宗教と科学」の研究を、「科学、神学、東アジアの宗教」という「謙虚をめぐる三者の対話(Trilogue of Humility)」から捉え直し、「科学と宗教」に関する東アジア的な視点を提示するという刺激的な内容であった。
 KIM先生は、現代世界ではキリスト教の勢力の中心がヨーロッパからアフリカ、ラテン・アメリカ、アジアに移行しているにもかかわらず、西洋の神学における「宗教と科学」の対話は西洋の現象を念頭に置いたままなので、今回、「宗教と科学」の対話に関するアジアのキリスト教的な視点を提出したいと宣言して、報告を始めた。
 西洋の神学は「宗教と科学」の関係を描くのに架橋(bridge building)の比喩を用いたが、この比喩は、アジアのキリスト教の視点からみると、あまりにロマンチックで誤解がある、とKIM先生は述べる。KIM先生によれば、そもそも「神学と科学」は架橋されなければならない大きな隔たりによって根本的に分けられている二つの異なった世界ではなく、真の大きな隔たりは「科学と非キリスト教的な宗教」の間にあるので、架橋の比喩はアジアの人々に混乱をもたらすという。そして、アジアの宗教の特徴が宗教間対話とその実践が日常的な問題として存在するような宗教の多元性にあることを指摘する。
 ここで、KIM先生は、「諸宗教と諸科学」の対話を発展させるためのパラダイム形成に有効な宗教間対話の二つの方法論的なステージとして、「差異的―比較的なステージ(対話)」と、「規範的―構築的なステージ(宗教の神学)」を提示する。前者は、「尊敬の態度」を要求し、相手の視点や前提を尊重する認識論的な謙遜さをもつのに対して、後者は、キリスト教神学が自分たちの信仰やキリスト教徒のコミュニティのための神学を構築する完全な自由をもつことができると考える。しかしながら、後者について見れば、神学は特定の社会的位置における神学者の限られた宗教文化体験にもとづいている点で限界があることを指摘し、John Templetonのいう「謙遜のアプローチ」という概念の有効性を紹介した。
 多元的な宗教が存在するアジアの文脈では、「宗教と科学」の対話は、二元的あるいは複数の宗教間のやりとりを必要とすること、いわば、「キリスト教神学、アジアの諸宗教、自然科学」の「三者の対話(trilogue)」の重要性と、アジアのキリスト教が「諸宗教と諸科学」の対話の質を高めたり、グローバル化する大いなる可能性を強調した。さらには、宗教間や学際的な対話に対する「謙虚をめぐる三者の対話」や「謙遜のアプローチ」が「諸宗教と諸科学」のさらなる対話の実現可能なパラダイムを作り上げるであろうと指摘し、KIM先生ご自身の立場性を明示された。
 最後に、結局のところ、「諸宗教と諸科学」両方の目的は「ヒューマニティ(humanity)」の十分な潜在性を現実化することにある、とKIM先生は述べる。それゆえ、重要なのは、抽象的な形而上学や方法論、知識の認識論ではなく、人間や生き方の解釈学、さらにはヒューマニゼーションの正しい実践──いわば、完全な人間になるための道(tao)であるとして、東アジアの智慧の重要性を強調した。この道(tao)をもとめる人類共通の探求によって、「宗教と科学」の対話のための理想的な場所が見つかるであろうと述べた。

□質疑応答
報告後の質疑応答では、東アジアの神学の言説固有の特徴とオリジナリティと、「宗教と科学」の対話の未来における発展に対する東アジアの神学のインパクトについて、参加者から多くの意見が出された。つまり、KIM先生のいう「謙虚をめぐる三者の対話(Trilogue of Humility)」を支える東アジアの神学の妥当性をめぐって、議論が交わされた。
 とくに争点となったのは、東アジアの神学の言説における「超自然的なもの」supernatural)」と「自然(natural)」に対する考え方である。KIM先生は、西洋における抽象的な形而上的観想や超自然的なものに対する浅薄な固定観念に対して、東洋における人間的な出来事における実践的な智慧を対置し、西洋と東洋の世界観における真の区別は、東アジアの一般的な世界観においては西洋の場合と違って、「超自然的なもの」supernatural)」と「自然(natural)」の二元論を強調しないことであると強調した。KIM先生によれば、東アジアでは、「自然主義(naturalism)」はきわめてスピリチュアルなものとして理解されているのである。道(tao)と儒教における「自然」のもともとの意味は、東アジアのスピリチュアリティ(こころ)における「自然的なるもの」と「超自然的なもの」との二元論を克服するのに役立つのであり、こうした特徴こそが異なった宗教システム間を理論的に架橋(bridge building)するパラダイムの形成やその共通点の統合に有用であるとのことを述べた。
 こうしたKIM先生のレスポンスに対して、東アジアの「自然」観は、西洋と違い、物質的なもののみならず、人間経験の全体性をも含むものであることや、KIM先生が提示した「科学と宗教」の対話の未来の発展における反形而上的、現世志向的、永続的で実践的なシナリオをめぐる見解に対して、参加者から意見が寄せられた。
そして最後に、KIM先生は、気のコスモロジーが心身問題に対する貢献をするであろうと、あらためて示唆した。

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