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2008年12月19日 (金)

1980年代の「脳科学」の新聞報道

□市民権を得た「脳科学」?
 最近、書店で、「脳科学」関係の書籍を目にすることが多い。例えば、認知神経科学を専門とする坂井克之氏(東京大学大学院医学系研究科助教授)『心の脳科学―「わたし」は脳から生まれる 』(中公新書)や、心の哲学、現象学、倫理学、応用倫理学を専門とする河野哲也氏(立教大学文学部教育学科教授)『暴走する脳科学』(光文社新書)などは、最近刊行された一般読者向けの新書である。
Gpss081219_2  また、専門的なシリーズ本として、東京大学出版会から、「シリーズ脳科学」全6巻が現在、刊行中である。ちなみに、その「第2巻 認識と行動の脳科学」を本プロジェクトにご参加いただいている田中啓治先生(理研BSI認知脳科学研究グループ・ディレクター)が、「第3巻 言語と思考を生む脳」を同じくプロジェクトにご参加いただいている入來篤史先生(理研BSI知的脳機能研究グループ・ディレクター)が編集されている。
 今や、「脳科学」の研究(批判も含めて)は、日本社会で完全に市民権を得たということだろうか。

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2008年12月 8日 (月)

【書評】玄侑宗久著『死んだらどうなるの?』(筑摩書房、2005年)

□身近な死の思い出
Gpss081208  著者は子供の頃「自分が死ぬこと」を想像してことあるごとに泣いていたそうである。また日本脳炎に罹って死に掛けた経験もあるらしい。寺に生まれたというだけで信仰を語る僧侶も珍しくないなか、こうした実体験をもつことは有意義なものであろう。いかなる宗教であれ死を正面から捉えるべきだが、ことに日本仏教の場合、寺院が寺族(つまりは寺に暮らす家族)の生計を立てるための「なりわい」の場になって久しい。口の悪い話かもしれないが、いわゆるお寺さんの場合、死の影に怯えた記憶や実際死に掛けた経験の一つや二つないと、どうも語られる対象が持つ重みに負けてしまう気がする。近年メディアに登場する機会の多い著者であるが、青年期の放浪経験ともあいまって、こうした限界状況を経験したことはその語り口にどこなく自信を与えているようでもある。なお本書は「ちくまプリマー新書」の一冊として刊行された。青年層を読者として想定するゆえ、ともすれば専門術語に走りがちな話題を扱いながらも、その叙述はあくまで平易で読みやすい。

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2008年12月 4日 (木)

workshop「脳科学とこころ」が終了しました

Gpss081204  去る11月29、30日に、南山宗教文化研究所にて、workshop「脳科学とこころ」が開催され、盛況のうちに終了しました。
 今回のworkshopは、当プロジェクト「科学・こころ・宗教」の一環として行われ、プロジェクト・メンバーの先生方と南山宗教文化研究所関係者の17名による参加者限定のworkshopでした。

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