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2008年11月25日 (火)

【書評】柳瀬睦男著『科学と信仰のあいだで』(シリーズ鶴見俊輔と考える②、SURE、2008年)

□著者の紹介
Gpss081125_2   鶴見俊輔氏編集グループSUREのメンバーがホスト役を務め、ゲストから知の逸話を聞きだすシリーズ。戦中戦後の日本思想史に関する「語り部」ともいえる鶴見氏の面目躍如たる企画であろう。本書のゲストは、物理学者でカトリック司祭(イエズス会)の柳瀬睦男氏である。柳瀬氏は1922年生まれ、東大理学部卒業後、イエズス会に入会し、ドイツで哲学、日本で神学、アメリカのプリンストン大学で物理学を学び、のちに上智大学の学長に就任している。著作は多数があるが、本書においては『神のもとの科学』(1991年)が話題として多く引用されている。戦中戦後の科学と宗教との関係を証言するにふさわしい人物だといえよう。以下、章ごとにコメントを加えていきたい。

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2008年11月20日 (木)

【書評】河合隼雄、中沢新一著『仏教が好き!』(朝日新聞社、2003年)

□「仏教が好き」
Gpss081120b  私事で恐縮だが、わたしは仏教が好きである。他方、困ったことにカトリックの洗礼を受けた信徒である。一方は絶対者を持たず、法則を発見し、バランスをとりながら無我を求め、他方は超越者である神からの救いを希求する。前著(佐々木閑著『犀の角たち』)を評した際、語弊を恐れずに〈仏教的キリスト教〉への挑戦が現代日本の宗教哲学界で試みられているとは言ったものの、やはりこの二つの宗教は教義、儀礼、歴史等々において大きく異なり、安易な融合を許さない。

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【書評】佐々木閑著『犀の角たち』(大蔵出版、2006年)

□著者紹介と目次
Gpss081120a  著者の佐々木閑氏は1956年生まれのインド仏教学者で、現在花園大学教授。京都大学工学部で工業科学を専攻した後、文学部に学士編入し、以来インド仏教学を専攻している。科学と宗教を考察するにふさわしい経歴といえる。しかも著者の科学に関する説明はきわめて明確かつ核心をついたもので、学部のみの専攻とはいえ、生半可な理解ではないものと信じるに足る水準に達している。目次を挙げておこう。

序文
1 物理学
2 進化論
3 数学 (付論 ペンローズ説の考察)
4 釈尊、仏教
5 そして大乗
あとがき 未来の犀の角たちへ

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2008年11月17日 (月)

【書評】佐々木正人著『アフォーダンス――新しい認知の理論』(岩波書店、1994年)

□定評ある入門書
Gpss081117_2   学術の世界といえども流行り廃れの速い日本では、数年前にさかんに耳にした「アフォーダンス」という概念も今ではさほど聞くことがない。しかしこのような底の浅い体質にも負けず密かに力を蓄え、いずれ思想界に留まらないインパクトを与える例は多くあった。思えばノーベル賞などの高水準の栄誉は実際の発見からはかなり年月を経ってはじめて与えられるのが通例であり、いったん受賞が決まればその影響は自然科学の領域をはるかに超える。アフォーダンス理論にしても、まさに戦闘機パイロットの訓練から本格的に展開した応用性を予期した営みの成果であり、主に産業界において情報のヒューマンインタフェイスが重要な要素になっていることもあり、人間の知覚理論の革命でもあるアフォーダンス理論が秘める可能性は、素人目に見てもかなり高いものだと思われる。
 本書はアフォーダンス理論の研究者としてわが国で第一人者である佐々木正人氏の手になり、入門書として定評のあるものである(1994年に刊行され、2008年には第24刷が出ている)。まず目次を挙げておこう。

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2008年11月12日 (水)

【書評】村上和雄、棚次正和著『人は何のために「祈る」のか――生命の遺伝子はその声を聴いている』(祥伝社、2008年)

□文理融合の試み
Gpss081112  村上和雄氏は応用生物化学の第一人者で、筑波大学名誉教授。棚次正和氏は宗教哲学が専門で、京都府立医科大学教授。異色の取り合わせだが、村上氏が主導し、棚次氏がそれを補うという特徴を示している。ちなみに本書はまさしく「共著」であり、執筆分担は明記されていない。これは理系では珍しくないが、人文系では稀有であり、その意味で、科学と宗教の二つの領域が協働する場合は、こうしたアウトプットにおける慣習すらも障害たりうるが、見方を変えれば、ことに文系の研究者にとってはあらたな知的刺激を得られる機会ともなろう。目次をあげれば、

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2008年11月 7日 (金)

【書評】遠藤周作と科学

□晩年の遠藤周作
081107a 実家の書棚を整理していたら、遠藤周作の対談本で、ずいぶん昔に読んだものが二冊出てきた。『「心の海」を探る』プレジデント社、1990年、以下において『心』と略記)と『こころの不思議、神の領域』(PHP、1988年、以下において『こころ』と略記)である。晩年の遠藤がジョン・ヒックの宗教的多元主義に強く引かれていたことは、最晩年の大作『深い河』からよく知られているが、同時に最新の科学的知識も貪欲に遠藤は吸収していた。この二著は当時の遠藤の関心を描写して余りあるものである。遠藤は現代日本が生んだ最も高名な宗教文学者の一人であるが、筆者は宗教と科学をつなぐ際に、遠藤がたずわったような文学や芸術などの第三項が、媒介者いやむしろ預言的領域としてきわめて重要だと考える。

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