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2008年10月26日 (日)

workshopが終了しました

 昨日、Workshop“BRAIN SCIENCE AND RELIGION:Some Asian Perspectives”が盛況のうちに終了しました。
 午前9時から午後6時半までのスケジュールで、脳科学、神経科学、仏教学、宗教学等のさまざまな専攻の研究者たちにより、非常に熱心な議論が繰り広げられました。081026a
 

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2008年10月25日 (土)

workshopが始まりました

 10月25日午前9時過ぎ、いよいよworkshopが始まり、午前中のセッションⅠが終わりました。
 セッションⅠは、「韓国における科学と宗教」というテーマで、「科学と宗教」に対する東アジア的なパースペクティブの可能性と、神経科学の新たなパラダイムの提示という、非常に刺激的な問題提起がなされ、議論も活発でした。
 午後は、「認知科学と仏教」「脳科学とこころ」というテーマで、workshopが続きます。081025a_3

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2008年10月24日 (金)

ソウルに到着しました

Gpss081024a_2 本日(10月24日)午後、スワンソン先生と私は、韓国のソウルに到着しました。
 西江大学(Sogang University)で開催されるWorkshop“BRAIN SCIENCE AND RELIGION:Some Asian Perspectives”に参加するためです。
 西江大学は、1960年に設立されたカトリック系の大学で、ソウルの西大門区にある学生街・新村(Sinchon)エリアにあります。
 

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2008年10月23日 (木)

Workshop“BRAIN SCIENCE AND RELIGION:Some Asian Perspectives”のお知らせ

 来る10月25日、韓国ソウルのSogang University(西江大学)にて、南山宗教文化研究所と西江大学の宗教研究センター共催のWorkshop“BRAIN SCIENCE AND RELIGION:Some Asian Perspectives”が開催されます。
 本プロジェクトからは、ポール・スワンソン先生、理化学研究所(理研)の田中啓治先生入来篤史先生が参加、報告されます。
 今回のWorkshopは、昨年(2007年)10月13~14日に、台湾の輔仁カトリック大学で開催されたWorkshop“Consciousness, Brain Science, and Religion: Some Asian Perspectives”に続く、二回目のInternational Workshopになります。

プログラムは、以下の通りです。

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2008年10月10日 (金)

「いのち」の問題(12年前の新聞記事より)

 半年ほど前にこのブログで、ES細胞とiPS細胞をめぐる「いのち」の問題(2008年3月5日→click here)について取り上げたが、1990年代にもこの「いのち」の問題について取り上げている新聞記事があったので紹介したい。 
 「脳死論議の道筋 日本人のこころと体 座談会」という題名で、1992年3月30日付の『朝日新聞』夕刊の「こころのページ」に掲載された記事だ。「日本人のこころと体」という観点から、生命倫理の在り方、最先端科学の分子生物学などについて、中村雄二郎氏(哲学)、中村桂子氏(生命科学)、木村利人氏(生命倫理)の3名が議論をしている。
 ちなみに、この年(1992年)の1月22日には、「臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)」によって、「脳死を人の死とする」として、一定の条件下で脳死体からの臓器移植を認める趣旨の答申が提出されており、脳死をめぐる論議が活発化していた時期に、この座談会は行われたことがわかる。
 周知の通り、その後、1997年7月16日に「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」が施行されることになる。

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2008年10月 1日 (水)

【書評】前野隆司著『脳はなぜ「心」を作ったのか――「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房、2004年)、同『脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?――ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史』(技術評論社、2007年)<2>

前回からの続きです。)

□心をもったロボットは可能か?
Gpss081001_2  さて、心をもったロボットはどうすれば可能になるのか。換言すれば、目的を自律的に形成できる「小びと」をいかに作成しうるのかが問題となる。一つに、あらかじめあらゆるニューラルネットワークを綿密に作りこんでいくという方法が挙げられるが、それでは人間並みの知情意をもつロボットを作成するためには膨大な時間を要することになろう。二つには、ロボットの心の原型を作っておいて、これをその後のロボットの経験にしたがって成長させていくやり方がある。つまりロボットの赤ちゃんの脳を作っておいて、これを学習させ成長させていくのである。この成長にあたっては進化的計算たとえば遺伝的アルゴリズムといった方法が適用できる。ニューラルネットワークにはそもそも完成された統御するソフトウェアプログラムは必要なく、シナプス荷重をチューニングすることで正しい計算ができるだけでよいという。

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