« 【書評】前野隆司著『脳はなぜ「心」を作ったのか――「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房、2004年)、同『脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?――ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史』(技術評論社、2007年)<2> | トップページ | Workshop“BRAIN SCIENCE AND RELIGION:Some Asian Perspectives”のお知らせ »

2008年10月10日 (金)

「いのち」の問題(12年前の新聞記事より)

 半年ほど前にこのブログで、ES細胞とiPS細胞をめぐる「いのち」の問題(2008年3月5日→click here)について取り上げたが、1990年代にもこの「いのち」の問題について取り上げている新聞記事があったので紹介したい。 
 「脳死論議の道筋 日本人のこころと体 座談会」という題名で、1992年3月30日付の『朝日新聞』夕刊の「こころのページ」に掲載された記事だ。「日本人のこころと体」という観点から、生命倫理の在り方、最先端科学の分子生物学などについて、中村雄二郎氏(哲学)、中村桂子氏(生命科学)、木村利人氏(生命倫理)の3名が議論をしている。
 ちなみに、この年(1992年)の1月22日には、「臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)」によって、「脳死を人の死とする」として、一定の条件下で脳死体からの臓器移植を認める趣旨の答申が提出されており、脳死をめぐる論議が活発化していた時期に、この座談会は行われたことがわかる。
 周知の通り、その後、1997年7月16日に「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」が施行されることになる。

□人の始まりについての欧米の議論
 記事によると、ヒトのいのちをめぐるテーマが大きく変容しつつあるとのことだ。その中でも特に気になったのが、中村氏が紹介している米国の科学アカデミーが出した本の内容だ。
 欧米では、いつから人になるかという問いを30年間議論したが、決められなかった。これは、「受精卵は人か」という問いだが、人の始まりを点で決める議論はやめて、誕生にかかわる者が自らに責任を課していこうという考え方があるとのことだ。

□常に問い続ける問いの大切さ
 中村氏は、それに対して、「いつから人間なんだろうということを考えてみることはとても大事だと思う。それは人間の本質を考えることだから」と指摘したうえで、「しかし答えは出ないという米国の報告を見て、そうだろうと思う。生や死という問いは、答えを出すことよりも、問うことが大事。人間が常に問い続ける問いというのがあると思う」との意見を表明している。

□「いつから人になるか」という議論
 最近では、万能細胞として、受精卵を壊して作るES細胞と、人間の皮膚細胞等を用いて作るiPS細胞に関する記事が新聞紙面に取り上げられることが度々ある。米ハーバード大のチームが、がん化する恐れをなくしたiPS細胞を作ることに成功したり、京都大学の山中教授が開発した、iPS細胞の作製法の国内特許が成立したりと、その研究の進展には目を見張る。
 「受精の瞬間から人間」との考えから、バチカンがES細胞に強く反対をしているという記事は、以前こちらでも紹介をしたことは記憶に新しい。しかし、16年前に同じような「いつから人になるか」という議論が広げられていたことは興味深い。

□「根源的な問い」の必要性
 この問題は科学だけでは解決はできず、また、宗教、人のこころだけからでも答えが見つからない。科学、宗教、こころが複雑に入り混じった問題に思えてならない。
 座談会の中で、木村氏は、脳死に関する「日本の論議は、私たちにとって新しい時代の死とは何かというところから根源的に問うべきところを、臓器移植を前提にした脳死論議に力点を置きすぎて、本来的に結び付けるべきでないものをひとつにしてしまった」と述べている。この「根源的な問い」の必要性は、現在、ますます重要になっていると思えてならない。
 これからも我々は自分達に、この「根源的な問い」を問いかけていかねばならないのであろうと再認識した。今後も動向を見守っていきたい。
(「科学・こころ・宗教」プロジェクト担当・細江奈々、南山宗教文化研究所研究員・大谷栄一)

|

« 【書評】前野隆司著『脳はなぜ「心」を作ったのか――「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房、2004年)、同『脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?――ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史』(技術評論社、2007年)<2> | トップページ | Workshop“BRAIN SCIENCE AND RELIGION:Some Asian Perspectives”のお知らせ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/203998/42742705

この記事へのトラックバック一覧です: 「いのち」の問題(12年前の新聞記事より):

« 【書評】前野隆司著『脳はなぜ「心」を作ったのか――「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房、2004年)、同『脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?――ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史』(技術評論社、2007年)<2> | トップページ | Workshop“BRAIN SCIENCE AND RELIGION:Some Asian Perspectives”のお知らせ »