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2007年12月 4日 (火)

アメリカ宗教学会(AAR)サンディエゴ大会に参加して(2)

□セッション参加
Science, Technology, and Religion Group and Cultural History of the Study of Religion Consultation
Saturday - 9:00 am-11:30 am
Elizabeth A. Clark, Duke University, Presiding
Theme: Soap, Coal, and Rayon: Miraculous Elements of Modern Industry
「石鹸、石炭、レイヨン――近代産業の奇跡的な諸要素」

Aar_2007_san_diego_001_3a)参加理由: 科学はただそれだけで社会と交わるのではなく、技術と結合することで社会化される。アメリカはまさに近代資本主義の最前線であり、科学が宗教を含める市民生活に与えた影響は多大かつ迅速であった。こうした状況の実情を知るべく本セッションに参加した。

b)発表概要: インディアナ大学のKathryn Lofton氏「救いの泡立ち――石鹸の奨励とアメリカ的清潔の道徳文化」の表題で発表を行なった。発表者は、アメリカを代表する洗剤会社P&G(Procter & Gamble)社の歴史を紐解きながら、19世紀のアメリカにおける石鹸の使用にともなう清潔志向が「清潔は信心深さに次ぐ大切なもの」というモットーのもと、軍人さらには白人プロテスタント上流階級において強まった過程を解明した。そのなかで白さは神の恵みや純粋さを象徴し、学校教育で重視されたのみならず、キリスト教の世界宣教のなかで世界各地に輸出されたとし、その一例として日本における白菊への賛美が挙げられた。また古来キリスト教においては肉体を忌避する傾向があったが、近代プロテスタントにおける個人志向が「わたしのからだ」という発想を強めたとされた。

 つづいてミズーリ大学のRichard J. Callahan氏「石炭の力――中央アパラチア地帯における発展と魔術化」という表題で、19世紀アメリカの中央アパラチア山脈地帯での石炭産業の発展と民俗文化の衰退について報告した。発表によれば、従来山間地は迷信などが猖獗を極め、正統信仰から逸脱しがちな地域とされていたが、石炭産業の展開に伴い都会との差異が次第に縮まったのであり、学校教育も衛生面を中心に社会訓練の場となった。しかしそれは単純な合理性の勝利ではなく、石炭という岩がもつ「力」に魅力を感じる主観的フェティシズムなのであり、魔術性は姿を変えて継続したともいえるとされる。
 三番目にノース・カロライナ大学のChad Seales氏が「化学的液体からレイヨンへ――近代アメリカ南部における産業変遷の奇跡」という題目で発表した。Seales氏によれば、「生産的」という概念はイエスが五つのパンと二匹の魚を祝福して増やした奇跡譚に相応するものとして神聖化されたが、化学的液体がレイヨンに変化することも、イエスが水をぶどう酒に変化させた奇跡を寿ぐもののように考えられ、さらにはミサ(mass)も大量生産(mass production)に通じるものとさえされた。こうした発想は企業における中間管理職にある白人男性中心に展開されたのだったと発表者は主張する。
 この三人の研究発表に対して、フロリダ州立大学のJohn Corrigan氏が、アメリカに「快感は宗教なり」という考えが存在することを確認しつつ、聖変化に関してはカトリックとプロテスタントのあいだで見解の差異があることや、産業神学や商業神学がいつ始まったかについてはさらに慎重な議論が要請されると論じた。

c)論評: いずれも日本の宗教学関係の学会ではおよそ想像できない切り口からの発表であり、刺激的であった。と同時にCallahan氏によるアパラチア山地での民俗性の言及などには柳田国男を想起させる面があり、共通性も感じた。日本では神道的な労働神事説がときにとなえられるように労働そのものが称揚される傾向が見られるのに対して、アメリカではむしろ生産物の生産過程に神聖さを見出そうとする努力がなされた点が特に目新しい発見であった。他方で、こうした視点はヨーロッパの錬金術と強い類比性を持ちそうだが、近代国家であるアメリカが舞台ということもあり、そうした面への見解はなかったのが残念に思われた。

Science, Technology, and Religion Group
Saturday - 1:00 pm-3:30 pm
Lisa L. Stenmark, San Jose State University, Presiding
Theme: Perspectives on Gender and Sexuality: Evolutionary Biology and Religion
「ジェンダーとセクシュアリティに関する視圏――進化論的生物学と宗教」

Aar_2007_san_diego_004 a)参加理由: 「進化論的生物学と宗教」という副題がもつ重要性に鑑みて参加を決めた。また日本の諸学会では直接扱われることの極めて少ない「セクシュアリティ」がどのように分析されるかに関しても関心があった。

b)発表概要: 第一にスタンフォード大学に所属し、『進化の虹―自然における多様性、ジェンダー、セクシュアリティ』および『進化とキリスト教信仰――進化論に立つ生物学者の諸見解』の著者であるJoan Roughgarden氏が、ことにセクシュアリティに関してなぜ生物学者が発言を行なわないのかという疑問を背景に、「セクシュアリティによる淘汰/選別」を孔雀の尾羽に注目しつつ、メスは「美しい」オスを選び、そのためますます「美しくなる」という「美学」に注目した。彼女によれば、同性愛を行なう動物も多く、さらにボノボの交尾のように人間と同じく顔と顔を突き合わせて行なうことで社会的会話が行なわれていると推定できるものもあるとされる。社会的選別ではないセクシュアリティによる選別の場合、それが生殖行為を超え、希少な女性をめぐる「連れ合い作りのシステム」であることに気を配るべきだと発表者は語る。
Aar_2007_san_diego_005  第二にドゥルリー大学のTeresa J. Hornsby氏が一転して聖書はジェンダー的役割を告知するのかどうかという疑問や、聖書のなかにはヘブライ、ペルシア、ギリシアなど多様な態度が混在しており、翻訳を通じた解釈がその都度行なわれることで、つねに秩序の構築を正当化してきたという点が指摘された。
 第三にシカゴ・ロヨラ大学のPatricia Beattie Jung氏が30年間にわたり性をめぐる態度に関心を抱いてきたが、この問題は多様であるにもかかわらず、普遍的な話題であり、社会神学も含め学際的な視点から協働することが必要だと述べた。その際、カトリックが長らく禁欲的な態度をとってきたにもかかわらず、文化横断的な経験が重要な役割を果たし、合理主義に則った批判がキリスト教に変化を迫ったとされる。たとえば「天国においてキリスト教的な性の違いはどうなるのか」といった問題である。人類学的な成果も鑑みて、天国での性理解は流動的であり、静態的なものではないとみなすべきだろうとされる。
 以上の三者に対して、ボストン大学のWesley Wildman氏が、男性中心主義は科学の領域においても根深いものだと確認し、他方で性は複雑なもので、社会的役割を押し付けられがちな面を重視するように評した。

c)論評: アメリカ社会においてセクシュアリティという話題がいかに高い地位をもつかをいまさらながらに確認させられた議論であった。発表者が語るように、たしかに性の問題は単なる生命の継承から逸脱するのであり、いわば一種の余剰性が感じられる。つまり科学が主導する合理主義に適合しない次元が想定されるのである。本発表はこうした不合理性に対して、極力理性的に接近しようとしたもののように思われたが、そこには深刻な同性愛問題などが念頭に浮かんでいるものと思われる。
他方アジアはもとより、アメリカ先住民のあいだですら多様な性形態が存在したことが近年の人類学的あるいは社会学的な研究の発展から明らかにされており、キリスト教的な男女観はもはやアメリカにおいてももはや単純に受容されなくなりつつある。このことは今以上に注意されてもよいだろう。ましてや日本においてはいっそうその必要性は高い。
ちなみに本発表は本来生物学者たちによるものであり、残念ながら「宗教」が付随的に扱われるか、あるいは軽視されがちであるような印象を受けた。
(寺尾寿芳・南宗教文化研究所「科学と宗教」プロジェクト・研究アシスタント)

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現在、南山宗教文化研究所で「科学・こころ・宗教」という研究プログラムがすすめられているそうですが、そこの公式blogで、先ごろアメリカで開催されたAAR(アメリカ宗教学会)の参加報告が、研究員の寺尾寿芳氏によって数回に分けて連載されています。 その中で、(恐ろし..... [続きを読む]

受信: 2007年12月13日 (木) 18:38

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